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S.R.S の3.11 =その1= 。

前回の記事。

良寛さんの手紙の文章は

乱暴な言い回しと感じるかたもいらっしゃるかもしれません。


まだまだ、現実を受け入れる事ができず

悲しみや苦しみのなかにいらっしゃるかたも多くいます。


妻も現在、そのような心境のなかにあります。

起きた事を受け入れろということは、とても酷なことかもしれません。

ボク自身それが出来たとは言い切れません。


多くの時が必要な場合もあるでしょう。

それでもいずれ乗り越えなければいけないのです。


ゆっくりでいいから全てを受け入れることができることを望みます。

肯定や否定を超えた必要な過程です。


物事を全体的にとらえたとき、時間という概念は

それほど重要なものではありません。


事象や理を明らかにして、受け入れること

それを「明らめる」といいます。



小さな一人の個人の記録として記す。


〈river side family〉

岩手県釜石市在中

S.R.S - 某○○製造供給会社 社員 三十代後半 男

C.R.S - 某臨時職員(2011.03.11当時) 三十代後半 女 S.R.S妻

長女 - 小学校4年生(2011.03.11当時)

次女 - 小学校2年生(2011.03.11当時)


・・・

平成23年3月11日(金)

東北地方太平洋沖地震が起こった14時46分

・・・その数分前、

仕事中のボクは一人ある作業をするために、港町の某工場の構内に車を乗り入れた。

さぁ作業に取り掛かろうと、設備の扉を開いたとき

大きな地鳴りとともに今まで経験したことのない強い揺れが起こった。


海側の空を見上げた。

まるで空が呻っているように感じた・・・。


立っているのがやっとで、作業車が大きく左右に揺れている。

電柱も揺さぶられ、電線のたわみが、なわとびの縄のように動いている。

強い恐怖を感じその場に立ち竦んでいた。何が起きたのか把握できなかった。


揺れはかなり長く続いた。揺れが続く中、工場の作業員数名が外に駆け出してきた。

門のところまで飛び出して、みんな周りを見渡している。

揺れはまだ収まらない。一人で不安だったボクは作業員達のほうに向った。

「まだ揺れている!」「かなりデカいぞ!」「危険だ!」・・・様々な言葉が飛び交う。


「ヤバい!!津波が来る。」そう感じたボクが「早く避難したほうがいいですよ!」

そう言うと、作業員の方たちは人数の確認をし、

「火の確認は大丈夫か!」など二次災害の防止に努めた。

ボク「こちらの設備は今の地震で感震遮断しました。とにかく逃げましょう!」

・・・海は目と鼻の先にある。


多分班体制での作業中だったであろう作業員達は、

そこから歩いて三の橋方面へ向った。

ボクは設備の扉を施錠して、作業車に乗りこむ。

携帯で会社に電話をかけるが、すでに電話はつながらない。

車を走らせながら妻にメールを送る。  「大丈夫か?」

後で知るが、このメールも届いてはいなかった。


工場の人たちが次々に工場からでてきて歩いて避難している。

ボクは「もっと急いだほうがいいのでは?」とおもいながらも作業車でそれを通り過ぎた。


この日の二日前(3月9日)にも強い地震があった。

たしか釜石市で地震の大きさは震度4。お昼前だった。

・・・3月3日には保安教育で津波の被害と対策を学んだばかりだ。

昭和8年3月3日に昭和三陸地震による津波の震災があったため、

市の防災訓練も、毎年この日に行われる。

それに、今後30年以内に宮城県沖を震源とした大きな地震が起きるといわれており

津波被害が懸念されていた。


とにかく海とは逆側の西方面へできるだけ遠くに逃げよう。

・・・そうおもいながら作業車で走っていると

五の橋付近で同僚のT.Sくん、S.Kの2台の車が会社方面へ向っているのとすれ違う。

「マジか!?ヤバいぞ。」その方面へ向うのは危険だと直感したが、

このまま自分が逃げたら後悔するかもしれないと思い、Uターンして

ボクも会社へ向った。

(しかし、この行動は間違いである。そのまま逃げるのが正しい。)


・・・すでに信号機は機能していない、車両の渋滞は緩やかではあるが

確実に始まっている。

混み出す車道を運転中の車の窓越しに、困惑したドライバーたちの表情が窺える。

「落ち着け、落ち着け!」

ボクは自分に言い聞かせながら、ようやく会社の駐車場に作業車を止め

ヘルメットを被り事務所へ飛び込む・・・

(ここまでで、どのくらいの時間が経過したのだろう?)


二階へ通じる外階段を駆け昇り、扉を開けると

書類棚が倒れていて、書類が散乱。机もいろいろな方向を向いている。

改めて地震の大きさを知る。


・・・災害が起きたときには、各方面の設備を確認に廻らなければならない。

「どっち方面を確認しますか!?」

そう尋ねたボクに、部長は「三の橋を確認してくれ!」と指示した。

(え~っ!・・・もうあっちには戻りたくない!)

ボクの心の声が聞こえたのか、部長は言い直した。

「いや、やはり平田ニュータウンを見てきてくれ!」


「平田ニュータウン」そう言われて内心喜んだ。

平田ニュータウンは、ボク達家族が住んでいる街だ。


・・・この時間、妻は仕事中。

職場の人たちと一緒だし、あのセンターは大丈夫だろう。

次女は学校が終わって、学童クラブに行っている時間、先生達と一緒だ。

一番心配だったのが長女。


今日は金曜日。学校を下校のあと書道教室に通う日だ。

学校から書道教室には海に近いところを歩いて通っている。

もし、書道教室に向う途中で何かが起きたら・・・

・・・嫌な想いが頭をよぎる。

しかし、平田ニュータウンに行けば子供たちの安否も確認できるかもしれない・・・。


様々な不安が湧き出るが、とにかく自分を落ち着かせようとした。

車を乗り換え、平田方面へ向う。

会社の前の道路も、少しずつ渋滞が始まりだしていたが、

嬉石のT字路を過ぎると、ある程度スムーズに車の流れが変わってきた。


国道を南に向う。

大平橋には異常はなかったが平田方面に下り始めると所々道路に亀裂が走っている。

路面状態に気がとられ、左下方に広がる平田湾の様子は見ていない。

(・・・ここまでで20分以上の時間が経過しているだろう。

 津波の到達時間は20分~30分といわれている。

 あの時海を見ていたらどのような光景が映し出されたのだろう。)


坂を下り平田のローソンを過ぎ、交差点を右に曲がる。

設備の点検を優先しなければ・・・

津波の心配はなぜか薄れていた。地震被害による設備の状態が気になった。


真っ直ぐに平田ニュータウンにある設備へと向った。

設備の中を調べると、予想どおり供給は遮断されている。

ここですぐに復旧させるのは、危険である。

供給区域内の状態を確認にまわる。

付近の住宅の瓦屋根が落ちて散乱したりはしているが、

おもったよりも被害は少なそうだ。目視では供給設備の異常も見当たらない。

次の指示を仰ごうと、携帯電話での通信を再び試みるが

やはりまだつながらない状態だ。

直接会社に戻り報告を、とニュータウンの中央を流れる河川の北側を戻っていく


レミコンを過ぎ、そのまま国道方面へ向うと

・・・少し先で、道路が水浸しになっているのが見えてきた。

「あ~あ。」このときボクはそれが水道管が抜け外れ漏水しているのだとおもった。

こちらの道路は通れない。ハンドルを右に切って、橋を渡る。


「・・・なにぃ!!」

そこで目にした光景に自分の目を疑った・・・。

橋を渡ったすぐ先は水没し、瓦礫が道路を遮断している。

目の前には崩壊した建物、瓦礫、さまざまな物、物、物・・・。


「津波が来たんだ!」

・・・少し様子をうかがって、ようやく理解できた。

気がつくと数人が辺りからこの景色を眺めている。



まさか国道を越えて津波がここまで押し寄せるなんて夢にもおもわなかった。

血の気が引いていくのを感じた。

後から考えると津波が到達した時間は、

ボクが設備に向ってここを通った時間と、大差はないだろう。

あと数分遅れていたら、確実にボクは津波に飲み込まれていたはずだ。



「子供達は!?」

浸水ぎりぎりのところから見ても学校の様子はわからない。

学校はそこより海寄り南側に、数十メートル入り込んでいる。


「長女は!?」不安が頭をよぎる。


とにかく学校まで行ってみようと水に足を突っ込もうとしたとき・・・

目の前の少し上方に、たくさんの人影がみえた。

平田駅のプラットホームがそこにはあり

学校の先生達と十数人の生徒達がそこに避難しているらしかった。


着ているものから、そこに長女と次女も一緒にいるのがわかった。

・・・とりあえず、ホッとした。・・・


                     (・・・=その2=へ続く。)

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非公開コメント

No title

鳥肌がたちました。
これがフィクションでないとは、
凄まじい経験をなさったのですね。
他のタブで地図を表示しながら、
SRSさんの足取りを追いつつ読ませていただきました。
心情が手に取るように描写され、
まるで私もその場にいるかのように
記事に引き込まれました。
きっとご無事でいると思っていましたが、
ここまで際どい状況だったとは考えが及びませんでした。

リンクの件ありがとうございました。
長いおつきあいを頂いて、
私のブログはSRSさんに支えられていたお陰で
今日まで続けることができています。
その旨常々感謝申し上げていたのですが、
世事に疎いゆえ、ご無礼仕りました。
平にご容赦ください。

No title

絶句です
良く生きていてくれたと・・・

奥様のそばに付いていてあげないといけないときに
そばにいてあげれないジレンマが伝わってきます

よくぞ生きて居てくれた
涙がまた出てきました

まる子も横で泣いてます

頑張っている人に頑張れとは言えないのかもしれませんが
今は頑張れとしか言えない自分が歯痒いです

No title

何度も読み返していました。
私なら同僚とすれ違った時に、戻れたろうか・・・。
  
地図と時間から見て、平田ニュータウンに向かっている
時には、左側の海には間違いなく津波が来ていたんですね。
  
お子さんをホームで見つけた時は、私も思わず「良かった」と
叫んでいました。
  
ただただ、ご無事でいて良かったです。

>>すかいどんさん

すかいどんさん。
こちらこそ、すみません。
前回のコメ返での言い回しは
冗談ですからね。
失礼いたしました。
すかいどんさんのお気持ち充分伝わっていますよ。

まだまだ、日常を取り戻しておらず
ブログ訪問もさせていただいておりませんが
今後ともよろしくお願いいたします。

どうもありがとうございました。mv-14

>>けさやんさん

先日はお電話いただきありがとうございました。

ここに当時の出来事を書き込むことには
迷いもありましたが、
まだまだボクたちはその中から抜け切れておらず・・・

復旧は大分進みましたが、まだ終わっておりません。
まだまだ多くのお客様にはご迷惑をおかけしている状態。

ボクも歯がゆい思いをしております。

けさやんさん、まる子さんのお気持ち
充分伝わっておりますよ。感謝いたします。

ありがとうございます。mv-14

>>ゴルゴさん

ゴルゴさん、ご無沙汰しております。

こんな駄文を読み返していただき恐縮です。

あの時戻ることはボクにも恐怖でありました。
ただすれ違う同僚達を見てしまったものですから・・・

ボクに起きた出来事をもう少し書き込みたいとおもっています。
それが良いか悪いかはわかりませんが・・・

いつもありがとうございます。mv-14
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s. river side

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